2018年03月17日

プリンスペペ新横浜は26周年!

当時、何もなかった新横浜に忽然と現れたプリンスペペ新横浜と新横浜プリンスホテル。今では、横浜アリーナとともに、プリンスホテルの円形の高層ビルは、新横浜のシンボルとなっています。そのプリンスペペも今年で26周年。4年後に乗り入れる相鉄・東急直通線と合わせて、JR東海・JR東日本・市営地下鉄・東急・相鉄とが乗り入れる新横浜で、スケートセンターと合わせて、西武ががどこまで存在感を保ち続けれるのか、がんばってもらいたいものです。

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posted by kawawadai at 07:06| 神奈川 ☁| Comment(5) | 新横浜方面 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
1989年頃からの新横浜の急速発展は凄いですね。

過去30年で北口は大変貌し、首都圏のビジネスコアとして立派な業務核都市になったと思います。

南口をしっかり整備することがこれからの課題ですね。神奈川県や横浜市や鉄道各社やデベロッパーがJVで整備をすすめてほしいと思います。
Posted by at 2018年03月20日 02:22
南口の開発、なんとかならないでしょうか?横浜市が本腰を入れないと難しいでしょうね。西武やJR東日本はやりそうにありませんし。。。
Posted by kawawadai at 2018年03月21日 23:29
これから五輪までに、横浜がどこまで進化できるかが、横浜が都市として次の50年、100年存続できるか問われる分岐点になるような気がします。

これまで関東大震災後の震災復興事業に国や民間との調整能力で高い政治力を発揮したといわれる有吉市長、戦災で壊滅した横浜の戦後復興に尽力した平沼市長、横浜六大事業の飛鳥田市長、80年代に今に至る都市計画のマスタープランを練った細郷市長、記憶に新しい高秀市長までは、いまの横浜の骨格をつくってきたと思います。そのかたわらで無数の無名の優秀な人材が横浜を支えてきたこともあるでしょう。

歴代市長は後世にわたり様々な歴史的評価がなされると思いますが、実行力、解決力、決断力、そしてどのような成果を生みだそうとしているのか、市長の指導力にかかる期待も大きいと思いますし、市民全体も機運を盛り上げる努力が必要だと思います。
Posted by at 2018年03月22日 01:27
南口は、地元住民が再開発に強硬に反対したため、取り残されてしまいました、割と最近まで下水道すら整備されていなくて、バキュームカーが走っていました
ある意味、自業自得では…
Posted by at 2018年03月22日 19:27
本牧、新横浜南口。。。と地元地権者も都市の一等地に住んでいる以上、エゴを捨てて子供たちの将来のために何が良いかを考えてもらいたいものです。ひいては、自分たちの土地の資産価値向上につながるのですが。。。。
Posted by kawawadai at 2018年03月23日 23:13
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